保育者様へ

フレーベル館のココだけの話

 

HOIKUのYOU歩道 第8回 塩川寿平先生のあんなこと こんなこと

2013/10/21

第8回目は、大地教育研究所所長の塩川寿平(しおかわ じゅへい)先生にご登場願いました。
塩川寿平先生の“保育の遊歩道”には、どんな発見があるのでしょう?
あなたの保育を楽しむために、ご一緒に歩いてみませんか?
“遊歩・優歩・YOU歩”…あなたにとっての道の向こうには、何が見えますか?

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塩川寿平先生の「はじめまして物語」
私のプロフィール

私は、1938(昭和13)年、満州国奉天市(現在の中国東北・遼寧省沈陽市)で生まれ、終戦の翌年1946(昭和21)年、7歳9か月の時に父の実家である静岡県富士宮市野中に引き揚げてきました。その後、祖父が戦争中守っていた実家の田畑や果樹園の農作業には、食べていくために子どもも大人も家族全員で従事しました。

終戦から8年目、戦争の傷跡がまだ、あちらこちらに残る1953(昭和28)年、私が15歳の時、父母の手によって、野中保育園(静岡県富士宮市)を開園しました。米蔵や母屋が保育室です。当時は保母不足の時代だったこともあり、私は保育を手伝いながら福祉を目指す青年となり、日本社会事業大学を卒業、明治学院大学大学院を修了しました。

中学生の頃から父の農業を手伝ったり、母の保育園を手伝ったりしていたので、頭のてっぺんから足の先まで、私の身体のどの部分をとっても、[大地保育人間]になってしまったのです。

野中保育園創立60周年

野中保育園は、2013(平成25)年で創立60周年を迎えました。自由学園の羽仁もとこ先生の友の会会員であった母の塩川豊子は、自由教育を理想とし、野中保育園の大地保育の理念を[自由保育]としたのです。

はじめはすべてが農地でしたが、開園してから米蔵が第1号園舎となり、次に母屋が第2号園舎となり、徐々に園庭が広がり続けて、今では約3,000坪(10,000㎡)すべてが野中保育園となりました。現在の園舎は、[野中ザウルス]と呼ばれています。

[おもしろいこと]=[どろんこ保育]の原点

小学校高学年と中学生時代は食糧難で、どの農家の子どもも立派な労働力として百姓三昧でした。私は耕作したばかりの土のいい匂いに惹かれて畑の中を転げ回っていたのをよく覚えています。自分のやり方すべてが“OK!”で、他者と比べられることは全くありませんでした。誰とも比較されない生活時間がいっぱいあったのです。

私の “自分はこのままでよいのだ” という自己肯定感情や自尊心は、この時代に養われたと思います。なぜなら、父母も私のやることを上手・下手ではなくすべて肯定してくれたからです。しかも、「よくやった」と、いつも言ってくれました。

今の大人や社会は、保育や教育を能力という一面だけを取り出して考えているとしか思えません。これでは、子どもたちに自己肯定感情も自尊心も育てることができず、「いじめ」や「引きこもり」「自殺」もなくならないと思います。

高等学校時代に剣道二段になった私は、園児たちと「コテ!」「メン!」「ドォー!」と新聞紙を丸めてチャンバラを楽しみました。

また、園庭はまだ田んぼだったので、私は田植えも手伝いました。どろんこのツルツルやヌルヌルの感触を快感として覚えながら、どろんこにふれてうっとりしている園児の姿を見ているうちに、この体験が[どろんこ保育]の原点となりました。

高校~大学時代には、紙芝居専門の保父になりました。クリスマスの行事ではサンタクロースになり、リヤカーにプレゼントを積んで、村の園児の家を1軒ずつ回ったりしました。ある日、園児のおばあちゃんが「戦争が終わって、わしらの家にも西洋の神様が来てくれて嬉しい。これで冥土へのみやげ話もできて、いつ死んでもええわ」と言ってくれたのです。今から60年前、私が保育に目覚めた頃の話です。

このように、私がおもしろいと思ったことが、ほとんど[塩川豊子の保育]だったのです。私にとっての塩川豊子は、母であり、保育の師匠でした。

倉橋惣三先生と私の保育環境論

私が一番好きな倉橋先生のご著書は、『育ての心 上・下』(フレーベル館)です。

1974(昭和49)年5月に島根大学で行われた第27回日本保育学会で、私は「保育環境論(No.3)屋内保育施設に関する基本的考察」という論文を発表し、倉橋賞を受賞しました。日本の幼児教育の父ともいわれる大好きな倉橋先生の賞をいただいたのです。

倉橋先生は「幼児教育の第一義は幼児生活の価値を知ること」「幼児の生活それ自身が自己充実の大きな力をもっている」「さながらにしておく」ことが大切であると教えてくれました。実は、そこから著書『名のない遊び』は生まれることになるのです。

[大地保育の指針]に影響を与えてくれた先生たち

*石井哲夫先生との出会い

日本社会事業大学の学生時代に、石井哲夫先生(現在、日本保育協会理事長)の心理学入門の講義を受けました。石井先生が夏休みに[忍者合宿]を主催されると聞いて学生スタッフとして参加することにしたのです。[忍者合宿]はすべてがサイコドラマ(心理劇)仕立てで、小学生と一緒に忍者になりきって野山をかけ回ったり、海に入ったりのキャンプでした。

子どもたちの自由な発想を十分に受容した遊びと生活を通して、主体性や創造性を育む忍者合宿の教育効果と治療効果に“目からうろこ”の毎日でした。

*平井信義先生との出会い

故平井信義先生との出会いは衝撃的でした。「けんかやヤンチャの勧め」「オドケやフザケの受容」など、普通の学者では決して話されないような子どもサイドの話題の連続でした。それらは、今日の「子ども主体の保育」であり、「思いやりと意欲」の真の自由保育(=自由保育は放任保育ではない)を教えてくれました。

そして極めつけは、[良寛さんが日本で第1号の男性保父さんだったということの発掘]です。平井先生自らが良寛さんにあやかろうと『保爺論』をご執筆されました。

私もすっかり良寛さんが好きになり、良寛さんのようになりたくて今でも毎朝毎晩必ず良寛さんの歌を口ずさんでいます。

フレーベル館との出合い

後に保育の研究者となった私は、「ご機嫌な子どもに育てよう」と唱え続けた母とその同志の保育者が挑んだ野中保育園の[大地保育=自由保育=子ども主体の保育]の実践を理論化して、何とか活字にして残さなければと決意するようになり、テーマを[保育環境論]として、無我夢中で、今までに41回(1971年~現在)、日本保育学会で発表し続けました。

それらが基になって、『コーナーのないコーナーの保育』 『名のない遊び』 『どろんこ保育』 『大地保育環境論』(フレーベル館)を世に出すことができたのです。

フレーベル館のみなさんが、[どろんこに感謝する保育]を認めてくれて、これらの本ができあがりました。本当に感謝します。

ジュッペちゃんの近況報告

編集部より

塩川寿平先生  あ・ら・か・る・と

この 【YOU 歩道】 を塩川先生に依頼した時のご返事は、即「OK!」でした。

しばらく経ったある日のこと。メールに直に書き込まれた膨大な文章(原稿らしい?)が、3回届いて、ドッキリ!!! よく読んでみると、何度も書き直したとのこと。さらに、何度か日記のように追加原稿が届き、郵送された封筒を開けると…CD-ROMの中には数えきれないほどの楽しい画像が…! 塩川先生の人となりが、とてもよく現れていて、[塩川保育の原点]を垣間みることができました。

さすが、すべてのことにエネルギッシュで、“OK精神”の塩川先生です。

今回のエピソードの数々は、“50年間携わってきた塩川先生の保育への想いの丈”であることが、しみじみと伝わってきました。

2013.October(C.S.)

塩川寿平先生の著書から
ジュッペちゃんの著書…あんなこと こんなこと

名のない遊び

フレーベル館発行の月刊保育雑誌『保育専科』(1973~2002年)に、野中保育園の年間指導計画を執筆時のことです。保育実践をカメラに収めながら観察すればするほど、言葉では記録できない遊びが続々と泡のように生まれては消えていくではありませんか。写真でしか捉えることのできない生き生きとした子どもたちの姿でした。

“「自由保育=子ども主体の保育」とはこういうものだ!”と直感し、子どもの姿が見えた瞬間でした。この感激が忘れられず、今日に至るまで[名のない遊び]の研究を続けることになったのです。[名のない遊び]は、乳幼児が生きていくためになくてはならない「表出方法」と「表現方法」だったのです。

どろんこ保育

[どろんこ保育]は、土=自然とかかわる保育を通して人格を形成していく保育内容の総称です。[どろんこ保育=土とかかわる保育=自然とかかわる保育]というスタンスで、私は“土とかかわる保育”を広くまとめて書きました。

本書の背景には、私が育ってきた時代の農村があります。戦後の民主主義という哲学は、私の住んでいた静岡県富士宮市野中村という地域共同体の中で生き生きと輝いていました。人々は支え合って田畑を耕し、大人も子どもも、一緒に働きました。子育ての面でも、村のみんなで育てる高いモラルが満ちていました。

『どろんこ保育』は、地域共同体の田植えの中から生まれたと言っても過言ではありません。

大地保育環境論

子どもを大切にするということは[自由保育=子ども主体の保育]であり、同時に、[大地保育]は大人も“童心人”となって、子どもたちと共に[子どもの独立国=夢を織る園]を創造するということではないかと思います。

『大地保育環境論』は、50年の歳月をかけて、“燃える使命感”と“現場保育士の情熱”を受けながら、渾身の力を振り絞って書き上げました。

大地保育3部作『名のない遊び』『どろんこ保育』『大地保育環境論』は、私にとって《大義》でした。1冊1冊が、我が子のようです。

コーナーのないコーナーの保育

園庭はどこでもコーナーになります。『コーナーのないコーナーの保育』(電子書籍 2013年10月18日発行)は、コーナーにとらわれることのない[子ども主体]の保育活動を目指すものであり、コーナーは、保育者が与えるのではなく、子どもがつくり出すものという視点から生まれました。子どもの遊びはどんどん創造的・個性的・主体的に拡大して、保育者が考えている枠を大きく乗り越えていきます。

子どもの心の発達過程からみても、アニミズム期の子ども、メルヘン期の子どもの才能は、無限にコーナーを創造していきます。

→ 「編集部ピックアップ」 でも、塩川先生の著書を詳しく紹介しています

編集部より

著書のおすすめPOINT

著書では、 “コーナーは保育者が与えるのではなく、子どもがつくり出すもの” という、塩川先生の視点から生まれた独自の保育論が展開されています。また、 “大人も童心人となって、子どもたちと共に楽しむ” こと、子どもに“自己肯定感情や自尊心”を育てることの大切さが、よく伝わってきます。

塩川先生自らが体現しながら辿り着いた保育は、柔軟に生きるための基盤になりますね。その長い歳月の中で生まれたエピソードの数々は、今の時代にも大切なことばかりです。

2013.August(C.S.)

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